悪意の遺棄とは|慰謝料の相場と具体例は?証明方法はある?
- 離婚の原因

悪意の遺棄とは、法律に定められた夫婦の同居義務、協力義務、扶助義務に違反することです。
悪意の遺棄は、法定離婚事由の一つとして、離婚が認められる理由になるだけでなく、不法行為として慰謝料請求の対象となります。
別居や生活費を渡さない行為は悪意の遺棄にあたる可能性がありますが、正当な理由があるかどうか、別居後の対応などによっても判断は異なります。
悪意の遺棄と判断されると、離婚において不利になる恐れがあるため、慎重な対応が必要です。
この記事では、悪意の遺棄について、概要や具体例、離婚や慰謝料についてわかりやすく解説します。
目次
悪意の遺棄とは
悪意の遺棄とは、正当な理由なく、法律に定められた夫婦の同居義務、協力義務、扶助義務を果たさないことです。民法第752条には、夫婦の義務が定められています。
(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
この法律により、夫婦には、同居する義務、協力する義務、扶助する義務を負っています。
同居義務 | 同居し夫婦として生活を共にする義務 |
協力義務 | 共同生活の中でお互いに協力し合う義務 |
扶助義務 | お互いに同程度の生活を保障する義務 |
「遺棄」とは、これらの義務を正当な理由なく放棄し、夫婦としての共同生活の維持を拒否する行為を意味します。
「悪意」とは、積極的に婚姻生活を破綻させる、もしくは破綻しても構わないと容認する意思のことを指します。
つまり、婚姻生活を破綻させる目的や、破綻することを容認し、正当な理由なく、夫婦の義務を果たさない場合に、悪意の遺棄が成立します。
悪意の遺棄は、民法第770条の法定離婚事由の一つです。悪意の遺棄に該当すると、離婚と不法行為による損害賠償請求が認められる可能性があります。
悪意の遺棄の具体例
実際に、どのような行為は、夫婦の義務に違反するのでしょうか。以下では、夫婦の義務に違反する行為や具体例について解説します。
同居義務違反
夫婦は、同じ家に住み、共同生活を送る義務があります。
ただし、近年はさまざまな夫婦の形があるため、双方の合意による別居、仕事による単身赴任、出産のための一時的な帰省は同居義務違反とはなりません。
一方で、以下のような行為は同居義務違反と判断される可能性があります。
- 理由もなく配偶者の同意もなく別居を強行した
- 相手が帰宅できないように追い出した
- 暴言や暴力で同居できない状況にする
- 何の説明もなく長期間帰って来ない
- 不倫相手と同棲状態である など
なお、別居が長期間続くと、別居自体が、夫婦関係の破綻と判断され、「婚姻関係を継続し難い重大な事由」として離婚が認められることがあります。
同居義務違反かどうかは、別居の期間だけでなく、別居に至った事情や、夫婦の合意の有無、破綻を意図したかどうか、別居後に夫婦関係について真摯に対応したかなどが総合的に判断されます。
協力義務違反
夫婦には、共同生活を送るうえで、お互いに支え合い、協力する義務があります。
協力義務の具体的な内容は法律で明文化されていませんが、家事、育児、介護、社会的な行事などが該当すると考えられます。
協力義務違反となるのは、以下のような行為です。
- 理由もないのに家事や育児に一切に協力しない・協力を求められても助けない
- 健康で労働能力があるのに働かない
- 配偶者が病気になっても看病・介護しない
- 専業主婦なのに家事を一切しない など
扶助義務違反
夫婦には、お互いが同程度の生活を送れるよう扶助する義務があります(生活保持義務)。扶助義務は主に、経済的な援助を指します。扶助義務違反となるのは、以下のようなケースです。
- 働いて収入を得ているのに、生活費を渡さない
- 配偶者が病気なのに、医療費を負担しない
- 子どもにかかる費用を負担しない
- 相手のお金を厳しく管理して使わせない など
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悪意の遺棄にあたらないケース
正当な理由がある場合、同居や協力ができない状況であっても、悪意の遺棄とならないことがあります。
- 単身赴任や療養、親の介護などの理由で別居している
- 双方合意の上で別居婚をしている
- 双方合意のもと、離婚前提で別居を開始した
- 夫婦関係を考え直すために冷却期間として一時手に別居をしている
- ケガや病気など健康上の理由で働けない・家事や育児ができない
- 求職中で生活費を負担できない など
こんな行為は悪意の遺棄にあたる?
配偶者の行為が、悪意の遺棄に当たるのではないかと疑問を抱く人も少なくありません。例えば、以下のような行為は悪意の遺棄に該当するのでしょうか?
- モラハラやDVから逃げるために別居する
- 配偶者を家から追い出した
- 別居中に配偶者からの連絡を無視する
- 別居した配偶者に婚姻費用を払わない
それぞれについて詳しく解説します。
モラハラやDVから逃げるために別居する
モラハラやDVから逃げるために、配偶者に無断で別居することは、同居義務違反に該当せず、悪意の遺棄にあたりません。
このような状況で、自身や子どもの安全を守るための別居は「正当な理由」に該当すると判断されます。
そのため、相手に無断で別居したとしても、別居を開始した側が悪意の遺棄を問われることはなく、有責配偶者にもなりません。
さらに、モラハラやDVは、「婚姻を継続し難い重大な事由」として法定離婚事由の一つとなるため、有責配偶者となるのは加害者側です。
こうした事態に直面した場合は、まず自分と子どもの安全を最優先に確保し、必要に応じて弁護士や公的機関の支援を受けることが重要です。
【関連記事】DV離婚は証拠がないと難しい?DV加害者との離婚方法や対処法
配偶者を家から追い出した
正当な理由なく、配偶者を家から追い出し、別居が継続的に続く場合は、悪意の遺棄に当たる可能性があります。
例えば、以下のようなケースが挙げられます。
- 自宅に不倫相手を招いて、配偶者を追い出す
- 暴言や暴力により同居に耐えられない状況を作る
- 配偶者が出かけている最中に鍵を変えて帰宅できないようにした など
配偶者を家から追い出す行為には、物理的に閉め出す場合だけでなく、言動によって精神的な苦痛やプレッシャーを与え、自発的に家を出て行かざるを得ない状況に追い込む場合も含まれます。
ただし、離婚をめぐる争いの中では、「追い出された」「勝手に出て行った」と双方意見が食い違うこともあります。
このような場合は、別居開始の状況や、LINEのやり取りなど、客観的な証拠をもとに判断されることになります。
【関連記事】夫婦のモラハラとは|モラハラ夫(妻)の特徴とモラハラの対処法
別居中に配偶者からの連絡を無視する
別居中に配偶者から、夫婦関係の修復を求められ、それを無視し続けた場合、悪意の遺棄と評価される可能性があります。
もちろん、配偶者からの連絡を無視しただけで直ちに悪意の遺棄とされるわけではありません。
しかし、裁判では、別居の経緯に加えて、別居後の対応も判断材料となります。
例えば、妻が別居中の夫に対して、「戻ってきてほしい」「夫婦としてやり直したい」「話し合いがしたい」といった連絡を繰り返し送ったにもかかわらず、夫が一切応じなかった場合には、同居の意思がないとみなされ、婚姻関係の破綻を容認していると評価されかねません。
別居中に連絡を無視することが続けば、悪意の遺棄と判断されるリスクがあります。
離婚を望む場合でも、離婚が成立するまでは夫婦関係が継続しているため、誠実な対応を心がけることが大切です。
別居した配偶者に婚姻費用を払わない
別居した配偶者に婚姻費用を払わない行為は、悪意の遺棄にあたる可能性があります。
婚姻費用は、夫婦や未成年の子どもが、夫婦の年収などに応じた生活をする際に必要となる生活費などのことです。
夫婦は、同程度の生活をおくる扶助義務や生活保持義務を負います。そのため、離婚が成立するまでは、別居をしていても、婚姻費用を支払う義務があります。
婚姻費用は、収入が多い側、もしくは子どもと同居して面倒を見ていない側が負担するのが一般的です。
ただし、夫婦の収入差がない場合や、求職中で収入がない場合は、支払いが免除・減額されることがあります。
求職中で収入がないなどの正当な理由がある場合は、婚姻費用の請求を無視せず、正当な理由を主張する、もしくは減額の調停を申し立てることが望ましいです。
【関連記事】婚姻費用とは|もらえるケースや内訳は?婚姻費用算定表や金額を解説
悪意の遺棄では離婚できない?
悪意の遺棄は法定離婚事由になる
配偶者から「悪意の遺棄」に該当する行為を受けた場合、離婚を求めることができます。悪意の遺棄は法律上離婚が認められる理由(法定離婚事由)の一つとされているためです。
(裁判上の離婚)
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
※2024年の法改正で第4号は削除の予定
そのため、裁判で離婚を求め、悪意の遺棄があった事実を立証できれば、離婚が認められる可能性があります。
一方で、悪意の遺棄に該当する行為をした側は、離婚原因を作った「有責配偶者」となります。有責配偶者からの離婚は原則として認められません。
【関連記事】離婚できる5つの条件|必要な別居期間や書面化までの流れ
悪意の遺棄で離婚する方法
悪意の遺棄を理由として離婚するには3つの方法があります。
協議離婚 | 夫婦の話し合いで合意し、離婚届を提出して成立する離婚 |
調停離婚 | 家庭裁判所で調停委員を通じて協議を行い、合意に至った場合に成立する離婚 |
裁判離婚 | 離婚調停で合意できなかった場合に、裁判所が判断を下して成立する離婚 |
協議離婚であれば、法定離婚事由の有無に関係なく、双方の合意で離婚が成立します。
一方、裁判離婚の場合は、裁判官が離婚を判断するため、明確な法定離婚事由と、それを証明するための客観的な証拠が必要です。
【関連記事】協議離婚とは|協議離婚の流れや弁護士費用・デメリットを解説
悪意の遺棄を証明する証拠
裁判で離婚する場合は、悪意の遺棄があったことを証明する証拠が不可欠です。例えば、以下のような証拠が挙げられます。
- 一方的な別居や、相手に家から追い出されたとわかるLINEなどのやり取り
- 相手が一方的に別居を開始したとわかる住民票の写し
- 配偶者の行為やその行為を受けた状況、日時がわかる日記やメモ
- 生活費が振り込まれなくなった通帳、相手の源泉徴収票
- 相手の借金や浪費がわかる資料(キャッシングやクレジットカードの明細、借り入れ先からの請求書など)
また、悪意の遺棄以外にも、DVやモラハラ、不倫などがあれば、それらの証拠を集めておくのが望ましいです。
仮に悪意の遺棄についての証拠が乏しく離婚が難しい場合でも、DVやモラハラ、不倫の証拠を示すことで、離婚や慰謝料請求が認められる可能性があります。
突然の別居などに直面し、どう対応すべきか判断に迷う場合は、弁護士への相談を検討するとよいでしょう。
無料相談を活用すれば、現状で必要な証拠や、既に持っている資料がどの程度有効かといったアドバイスを受けることができます。
【関連記事】無料で離婚相談ができる窓口3つ|離婚相談は誰にすべき?
悪意の遺棄で慰謝料は請求できる?
悪意の遺棄で慰謝料請求は可能
悪意の遺棄は、夫婦の義務に違反し、配偶者に精神的苦痛を与える不法行為であるため、慰謝料の請求が可能です。
民法上では、不法行為を行った人は、損害を賠償する責任を負うと定められています(民法第709条、710条)。
慰謝料の請求は、離婚の協議中でも、離婚調停や離婚裁判の中でも離婚と一緒に求めることができます。
【関連記事】弁護士を立てずに自分で慰謝料請求をする方法|請求の注意点と流れ
悪意の遺棄の慰謝料相場は50~300万円
悪意の遺棄の慰謝料の相場は、50~300万円程度とされています。ただし、これはあくまでも目安であり、実際の金額は個別の事情や過去の裁判例などによって異なります。
以下のような事情がある場合は、その分慰謝料も高額となる傾向があります。
- 婚姻期間が長い・未成熟の子どもがいる
- 悪意の遺棄が長期間に及ぶ、または頻度が多い
- 悪意の遺棄にあたる行為の内容が悪質
- 悪意の遺棄をした側の資産が多い・された側の資産が少ない など
婚姻費用も請求できる
同様に、別居中も婚姻費用が支払われていない場合は、離婚や慰謝料と同時に婚姻費用の請求も可能です。
婚姻費用は、裁判所が公開する「婚姻費用算定表」に基づき、夫婦の年収や子どもの人数・年齢を参考にして算出されます。
なお、婚姻費用は請求した時点から発生するため、別居が始まった場合は速やかに内容証明郵便を送る、または「婚姻費用分担請求調停」を申し立てることが重要です。
また、同居期間中に相手が生活費を渡してくれなかった場合でも、婚姻費用の請求は可能です。ただし、請求の際には、同居期間中に生活費が渡されなかったことを立証する証拠が必要です。
婚姻費用の請求や、同居中の生活費についても、弁護士に相談することで適切な対応が取れるでしょう。
【関連記事】婚姻費用分担請求とは|算定表の見方・自分で請求する方法
慰謝料請求は時効に注意する
悪意の遺棄による慰謝料請求には時効があるため、注意が必要です。
不法行為に基づく損害賠償請求の時効は、悪意の遺棄があった日、または離婚が成立した日から3年とされています(民法第724条)。
この期間を過ぎると、請求が認められなくなる可能性があるため、できるだけ早く対応することが重要です。
悪意の遺棄に関するよくある質問
モラハラは悪意の遺棄になる?
モラハラ行為は、場合によっては悪意の遺棄に該当します。例えば、以下のような行為は悪意の遺棄が成立する可能性があります。
- 暴言や暴力で同居に耐えがたい状況に追いやる
- 働いているのに生活費を家に入れずに困窮させる など
また、暴言・暴力・人格否定などの行為が見られる場合には、モラハラやDVとして「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当し、離婚が認められる可能性があります。
悪意の遺棄に関する証拠の収集が難しい場合でも、モラハラやDVの証拠を集めることで、離婚が認められることがあります。
特にDVがある場合には、自分や子どもの安全を最優先に考え、早急に安全な場所への避難を検討し、専門機関や弁護士へ相談することが大切です。
【関連記事】モラハラで離婚する場合の慰謝料相場|慰謝料請求が難しい理由
悪意の遺棄が認められる別居期間は?
悪意の遺棄が認められる別居期間は、法律で明文化されていません。しかし、6ヶ月以上の別居期間が目安であるとする説もあります。
また、正当な理由なく一方的に別居を開始した上で、婚姻費用も支払わないような場合は、別居期間が1年未満であっても、離婚が認められることも考えられます。
なお、別居期間が3~5年に及ぶ場合は、「婚姻を継続し難い重大な事由」として離婚が認められる傾向にあります。
悪意の遺棄にならない別居方法はある?
「正当な理由がない別居」や「配偶者の同意がなく一方的に別居を開始する」行為は悪意の遺棄にあたる可能性があります。
さらに、実際の裁判では、以下の部分も重視されます。
- 別居の理由や帰宅時期を配偶者に告げたか
- 別居開始後に配偶者と誠実に話し合いを行ったか
- 収入が多い側は婚姻費用を負担しているか
そのため、悪意の遺棄と判断されないように別居するには、事前に配偶者と話し合い、別居の理由を伝え、同意を得ることが大切です。
また、別居しても、夫婦関係は継続しているため、婚姻費用を負担する義務を果たすことはもちろん、夫婦関係の修復が可能かどうか、将来について真摯に向き合うことが求められます。
さらに、別居時に子どもを連れていく場合でも、嫌がる子どもを無理やり連れ去ると、違法な「子の連れ去り」と判断され、親権において不利になる恐れがあります。
離婚において不利にならない形で別居を進めるには、弁護士に相談しながら計画的に行動することが望ましいです。
【関連記事】離婚時の親権の決め方や決まる基準は?母親が負ける場合はある?
まとめ
配偶者に悪意の遺棄に該当する行為があった場合には、離婚や慰謝料の請求が可能です。
一方で、自らが悪意の遺棄に該当する行為をしてしまうと、離婚が認められないばかりか、慰謝料請求を受けるリスクもあります。
悪意の遺棄に該当するかどうかは、離婚手続きにおける大きな争点となることがあり、判断が難しい場合も少なくありません。
弁護士に相談することで、悪意の遺棄を立証するための証拠の集め方や、離婚・慰謝料請求の方法、不利な立場にならないための対応策など、的確なアドバイスを受けることができます。
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