定年離婚で後悔しないために|退職金・年金分割・財産分与の決め方
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子どもが独立し、夫(妻)の定年退職という節目を迎えて、この先の暮らしを一人で立て直したいと考える方がいます。気持ちが固まっていても、離婚後に年金だけで生活が回るのか、退職金は分けてもらえるのか、といったお金の見通しが立たないまま手が止まってしまうことがあります。
さらに2026年4月には、民法と年金制度の改正が施行され、財産分与と年金分割の請求期限がどちらも変わりました。この記事では、定年離婚で取り決めることになるお金と手続き、変更後の請求期限、離婚後の生活で先に確認しておきたいことを紹介します。
目次
定年離婚とは何か
定年離婚は、夫婦のどちらかが定年退職を迎えたことをきっかけとする離婚を指す言葉です。法律上の制度ではないため、手続きそのものは他の年代の離婚と変わりません。ただし離婚の時期が退職金の支給や年金の受給開始と重なるため、分ける財産の中身と離婚後の収入の組み立て方が、若い世代の離婚とは大きく違ってきます。
定年離婚という呼び方が指すもの
民法に「定年離婚」という区分があるわけではありません。協議離婚・調停離婚・裁判離婚という手続きの種類も、離婚が認められる原因の考え方も、20代の夫婦と60代の夫婦で違いはないのです。
違いが出るのは、話し合いの中身のほうです。現役世代の離婚では親権や養育費が争点の中心になりますが、子どもが独立している定年離婚では、退職金を含む財産分与と年金分割が話し合いの大半を占めます。金額の規模も大きくなりやすく、一度決めた条件を後から覆すのは容易ではありません。
熟年離婚との違い
熟年離婚は婚姻期間の長さに着目した呼び方で、20年以上連れ添った夫婦の離婚を指して使われることが多い言葉です。これに対して定年離婚は、離婚のきっかけが定年退職にあることに着目した呼び方です。
重なる部分は大きいものの、同じではありません。婚姻期間が30年でも、きっかけが相手の不貞であれば定年離婚とは呼びませんし、再婚して婚姻期間が10年ほどの夫婦でも、夫の定年を機に離婚するのであれば定年離婚にあたります。定年離婚で特に問題になりやすいのは、退職金の支給時期と離婚の時期がどう重なるかです。
【関連記事】熟年離婚のメリット・デメリットとは?原因や後悔しないための準備
同居20年以上の離婚はおよそ5組に1組
厚生労働省の令和7年人口動態統計月報年計(概数)によると、2025年の離婚件数は179,068組でした。このうち同居期間20年以上の夫婦は39,886組で、全体のおよそ5組に1組にあたります。
| 同居期間 | 件数 |
|---|---|
| 5年未満 | 48,154組 |
| 5年〜10年未満 | 35,373組 |
| 10年〜15年未満 | 22,619組 |
| 15年〜20年未満 | 18,738組 |
| 20年以上 | 39,886組 |
同居期間が不詳の件数が含まれているため、割合は概数として見ておきましょう。それでも、長く連れ添ったあとの離婚が特別な選択ではないことは読み取れます。
定年が離婚のきっかけになりやすい理由
定年が引き金になるのは、性格や相性の問題が突然表面化するからではありません。退職によって夫婦の生活時間と家計の条件が同時に変わり、それまで抱えてきた不満を我慢し続ける理由がなくなるためです。当事者からは「定年になったら離婚しようと何年も前から決めていた」という話も聞かれます。
在宅時間が増えて生活のリズムが合わなくなる
現役時代は日中に相手が家にいないことが前提の生活でした。退職するとその前提が崩れ、食事の支度や外出の予定まで相手に合わせる場面が一日中続きます。
家事の分担が変わらないまま相手の世話だけが増えると、負担感は一方に偏ります。会話が減っていた夫婦ほど、同じ空間で過ごす時間が長くなることを苦痛に感じやすくなります。
子どもの独立で関係を続ける理由が薄れる
子どもが同居している間は、子どものために夫婦の形を保つという選択に意味がありました。就職や結婚で子どもが家を出ると、その理由が消えます。
進学費用の負担が終わったことで、経済的にも離婚を選びやすくなります。子どもが成人していれば、親権や養育費の取り決めも不要です。
退職金という分けられる財産が確定する
退職金が支給されると、夫婦で分ける財産の総額が固まります。退職前は将来の見込み額をめぐって話がまとまりにくいのに対し、支給後は口座に入った金額をもとに話を進められます。
分ける財産の見通しが立つことは、離婚後の生活設計を立てるうえでの前提になります。定年を待って離婚を切り出す方がいるのは、この点が大きいためです。
介護への不安が現実味を帯びる
60代に入ると、相手の親の介護や相手自身の介護が具体的な話になってきます。関係が冷え切ったまま、この先20年、30年にわたって相手やその親の介護を担えるかどうかが、離婚を考える理由になります。
自分の体力にも限りがあるため、動けるうちに生活を立て直したいという判断につながります。
先送りにしてきた不貞やモラハラの清算
過去の不貞や日常的な暴言・支配といった問題を、子どもの学費や世間体を理由に清算せずにきた夫婦もいます。定年はその先送りを終える区切りとして選ばれやすい時期です。
不法行為があった場合には、財産分与とは別に慰謝料を請求できる可能性があります。ただし証拠の有無で結論が変わるため、以前のことであっても記録や資料が残っているかを確かめておきたいところです。
定年前と定年後で変わる条件
同じ夫婦でも、定年前に離婚するか定年後に離婚するかで、分与の対象と離婚後の収入が変わってきます。定年前は退職金の見込み額をもとに話し合うことになり、金額をめぐって折り合いがつきにくい一方、相手に現役の収入があるため婚姻費用の水準は高くなります。定年後は退職金が確定して分与額を計算しやすくなるかわりに、世帯の収入は年金中心に切り替わります。
どちらが有利かは、勤務先の退職金制度・住宅ローンの残債・双方の年金加入歴によって変わるため、一般論では決められません。判断の材料をそろえたうえで検討しましょう。
【関連記事】定年退職の前と後どちらで離婚すべき?退職金・年金・財産分与の違い
定年離婚のメリットとデメリット
定年離婚の損得は、お金の面と暮らしの面の両方から見ないと判断を誤ります。以下に挙げるのは、定年という時期に固有の要素に絞ったものです。年齢や婚姻期間の長さから来る一般的な事情は、婚姻期間20年の夫婦であればいつ離婚しても同じように当てはまります。
定年離婚のメリット
- 退職金を含めた財産分与ができる
- 年金分割で将来の受給額を確保できる
- 相手と生活時間を合わせる負担から離れられる
- 相手の親族の介護を担う立場から外れる
- 住まいや一日の使い方を自分の都合で決められる
財産の面では、退職金が支給されたあとのほうが分与の話をまとめやすくなります。金額が確定していれば、双方が同じ数字を前提に条件を詰められるからです。年金分割についても、婚姻期間中の厚生年金の記録を分けることで、離婚後に自分自身が受け取る年金額へ反映されます。
暮らしの面では、時間の使い方を自分で決められるようになります。相手の食事や外出に合わせる必要がなくなり、住む場所も勤務地や子ども・友人との距離で選べます。
定年離婚のデメリット
- 一つだった世帯収入が分かれ、生活水準が下がる
- 年齢的に新しい働き口を見つけにくい
- 住まいを新たに確保する必要が生じる
- 体調を崩したときに支える人がいない
- 子どもや孫との関わり方に影響が出ることがある
もっとも切実なのは収入面でしょう。同じ年金額を受け取っていても、2人で暮らすのと1人で暮らすのとでは、家賃・光熱費・食費の効率が変わります。世帯が分かれることで支出の総額は増え、1人あたりの負担は重くなります。
住まいの確保も、この年代では簡単ではありません。持ち家を出る側は賃貸を探すことになりますが、年金収入のみを理由に入居審査で断られる例もあります。保証会社の利用や、子どもに連帯保証人を頼めるかどうかを先に確かめておきたいところです。
また、離婚後に相手が亡くなっても、元配偶者として遺族年金を受け取ることはできません。長年専業主婦(主夫)だった方にとっては、見落とすと影響の大きい点です。
離婚まで踏み切らない選択肢
離婚以外に、別居のまま婚姻関係を続ける・生活は分けつつ籍は残す(卒婚)といった形もあります。受け取れるお金と手続きの負担が変わるため、違いを踏まえて選びましょう。
| 選択 | 生活費 | 年金分割 | 相続 |
|---|---|---|---|
| 離婚する | 請求できない | 請求できる | 相続人にならない |
| 別居する | 婚姻費用を請求できる | 離婚しなければ請求できない | 相続人のまま |
| 籍を残して生活を分ける | 婚姻費用を請求できる | 離婚しなければ請求できない | 相続人のまま |
籍を残せば相手の相続人であり続けるため、相手名義の財産を将来受け取る可能性は残ります。一方で、相手に借金があれば負債も引き継ぐ立場です。どちらが自分に合うかは、収入源と気持ちの区切りのつけ方によって変わってきます。
【関連記事】熟年離婚と別居はどちらが得?その後の生活・年金の違いと後悔しない選び方
定年離婚で取り決めるお金と請求できる期限
定年離婚で取り決めるお金は、主に財産分与・年金分割・慰謝料・婚姻費用の4つです。それぞれ性質が異なり、請求できる期限も別々に定められています。慰謝料はどの夫婦にも発生するものではなく、不貞やDVなど相手に不法行為があった場合に限られます。
| 名目 | 内容 | 請求できる期限 |
|---|---|---|
| 財産分与 | 婚姻中に夫婦で築いた財産を分ける | 離婚の時から5年(2026年4月1日以降に成立した離婚) |
| 年金分割 | 婚姻期間中の厚生年金の記録を分ける | 離婚等をした日の翌日から5年(2026年4月1日以降の離婚等) |
| 慰謝料 | 不貞やDVなど不法行為に対する賠償 | 離婚を理由とするものは離婚の時から3年(民法724条1号) |
| 婚姻費用 | 離婚が成立するまでの生活費 | 離婚が成立するまで(請求した時以降の分が対象になる運用) |
財産分与の基本的な考え方
財産分与は、婚姻期間中に夫婦が協力して築いた財産を分ける手続きです。名義がどちらであるかは問いません。夫名義の預金でも、妻が家事を担ってきたのであれば夫婦の協力によって形成された財産として扱われます。
分ける割合は2分の1が原則です。2026年4月1日に施行された改正民法768条3項では、財産の取得・維持についての寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとする、と定められました(法務省 新旧対照条文)。専業主婦(主夫)だったから取り分が少なくなる、という考え方は取られていません。
対象になる財産を確定する基準時は、一般に別居した時点です。別居後に増えた財産は、夫婦の協力によるものではないと考えられるためです。ただし金額の評価をどの時点で見るかは財産の種類によって変わります。預貯金は基準時の残高で見る一方、不動産や株式などは現在の時価で評価されることがあります。
対象になる財産とならない財産
| 区分 | 具体例 |
|---|---|
| 対象になる(共有財産) | 婚姻中に貯めた預貯金・自宅などの不動産・退職金・生命保険の解約返戻金・有価証券・自動車 |
| 対象にならない(特有財産) | 結婚前から持っていた財産・親から相続した財産・親から贈与された財産 |
長年連れ添った夫婦ほど、共有財産と特有財産が混ざり合っています。結婚前から所有していた自宅であっても、婚姻後にローンを返済した分は夫婦の協力によるものとして扱われるのが一般的です。この切り分けを誤ると、支払う側は過大な金額を負担し、受け取る側は本来請求できたはずの財産を取りこぼします。
財産分与の請求期限は離婚から5年
2026年4月1日に施行された改正民法により、財産分与を家庭裁判所に請求できる期間が、離婚の時から2年から5年に伸びました。改正後の民法768条2項ただし書は「ただし、離婚の時から五年を経過したときは、この限りでない。」と定めています。
注意が必要なのは、この5年がすべての離婚に当てはまるわけではない点です。改正法の附則第4条により、施行日前に離婚した場合の期間の制限については従前の例によるとされています。つまり2026年3月31日までに成立した離婚は、これまでどおり離婚の時から2年です。
期限を過ぎると、家庭裁判所に分与を求められなくなります。離婚を急ぐあまり財産分与を決めずに離婚届を出してしまった場合でも、期限内であればあとから請求する道は残ります。
慰謝料を請求できる場合
慰謝料は、不貞行為・暴力・悪意の遺棄といった不法行為があった場合に請求できるものです。性格が合わない・会話がないというだけでは、慰謝料の対象にはなりません。
請求するには証拠が必要になります。年月が経っている出来事でも、写真・メッセージのやり取り・診断書・日記といった記録が残っていれば、主張の裏づけになる場合があります。
婚姻期間の長い定年離婚で気をつけたいのは、時効の起算点が「何を理由に請求するか」で変わる点です。民法724条1号は、損害と加害者を知った時から3年間行使しないときは時効によって消滅すると定めています。この「知った時」がいつになるかが、請求の内容によって違ってきます。
| 請求の内容 | 起算点の考え方 |
|---|---|
| 離婚そのものによる精神的苦痛 | 離婚が成立した時から3年 |
| 不貞行為そのものによる精神的苦痛 | 不貞行為と相手を知った時から3年 |
| 身体的な暴力で傷害を負った場合 | 知った時から5年(民法724条の2) |
離婚そのものを理由とする慰謝料について、最高裁判所は昭和46年7月23日の判決の理由の中で、この種の損害は「離婚が成立してはじめて評価されるもの」であり、「離婚が成立したときにはじめて、離婚に至らしめた相手方の行為が不法行為であることを知り、かつ、損害の発生を確実に知つたこととなる」と述べています。夫婦の関係が壊れてから長い年月が経っていても、離婚が成立していなければ時効は進まないという考え方です。
一方、不貞行為そのものを理由とする慰謝料は、離婚の成否とは別に考えられています。何十年も前の不貞について、離婚のタイミングでまとめて請求するのは難しくなります。身体的な暴力で傷害を負った場合は、民法724条の2により「知った時から5年」と読めますが、暴言や無視といった精神的なものだけの場合に同じ扱いになるかは定まっていません。
起算点も金額も個別の事情によって結論が変わるため、手元にある資料をもとに検討しましょう。
離婚が成立するまでの婚姻費用
離婚の話し合いが長引き、その間に別居する場合、収入の少ない側は相手に生活費を請求できます。これが婚姻費用です。離婚が成立するまでの間、夫婦には互いの生活を支え合う義務があるためです。
金額は双方の収入をもとに算定され、家庭裁判所の算定表が目安として使われます。請求した時点以降の分が対象とされる運用のため、別居したら早めに請求の意思を伝えておくことが自分の生活を守ることにつながります。
当事務所の解決事例
婚姻前から所有していた自宅の扱いが争点になった事案です。
53歳の男性(夫)からのご依頼で、性格の不一致などから離婚の意思を伝えて別居したあと、当事務所が受任通知を送付して交渉を開始しました。争点は財産分与の金額です。受任した段階では300万円から400万円程度の分与になる可能性がありましたが、婚姻前から所有していた自宅不動産については、婚姻後から別居までに支払ったローン相当額分のみが財産分与の対象になることを説明し、そのほかの財産についても資料と計算内容を相手方に示しました。その結果、210万円で合意に至っています。
事案の内容により結論は異なります。
【関連記事】熟年離婚で財産分与はどうなる?離婚前に確認すべきお金のこと
退職金は財産分与の対象になるのか
定年離婚でもっとも金額が大きくなりやすいのが退職金です。厚生労働省の令和5年就労条件総合調査によると、勤続20年以上かつ45歳以上の定年退職者の退職給付額は、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で、退職一時金制度のみの企業が1,623万円、退職年金制度のみが1,801万円、両制度を併用する企業が2,261万円でした。高校卒(同)では1,378万円・1,613万円・2,145万円です。
制度の形態によって金額が分かれるため、おおむね1,400万円から2,300万円程度の幅で見ておくとよいでしょう。なお調査の対象は退職給付制度がある企業に限られます。
すでに支給された退職金の扱い
退職金が口座に振り込まれていれば、その預金は財産分与の対象になります。ただし全額が対象になるわけではありません。退職金は勤続年数に応じて積み上がるものなので、婚姻期間に対応する部分だけが夫婦の協力によって形成された財産と考えられます。
支給後に住宅ローンの繰上返済に充てた・車を買い替えたといった使い道がある場合でも、現在の残額だけで決まるとは限りません。使った時期や使途によっては財産分与で考慮されるため、入出金の時期と使い道をたどれる資料をそろえておきます。使い道の説明がつかない多額の出金があると、財産を隠しているのではないかという疑いが生じ、話し合いが長引きます。
まだ支給されていない退職金の扱い
離婚の時点で退職金がまだ支給されていない場合、そもそも財産分与の対象にできるかどうかから争いになります。将来受け取れるかどうかが確実ではないためです。
横浜家庭裁判所が公開している財産分与一覧表の記載例では、一方が別居時に自己都合退職した場合の退職金額から同居期間分を計算して主張し、他方が「定年退職年齢は17年先であり…退職金が対象財産となることは争う」と反論する形が示されています。勤務先の経営状況・定年までの残り期間・雇用形態によって判断は分かれるため、対象になると決めてかからないほうが安全です。
定年が間近であれば支給の見込みは高く評価されやすくなります。定年を待ってから離婚を切り出す方がいるのは、この不確実さを避ける意味もあります。
分与の対象になる金額の考え方
札幌家庭裁判所の財産一覧表の作成についてでは、基準時において自己都合退職したと仮定した場合の金額を算出し、基準時までの全勤務期間に対する同居期間の割合を乗じた金額を評価額とするのが一般的だとされています。
退職金額 × (同居期間 ÷ 勤務期間)
たとえば勤続38年で、そのうち同居期間が30年だった場合、退職金のうち30/38にあたる部分が計算上の対象になります。結婚前に勤め始めた分や、別居後に働いた分は差し引かれるという考え方です。
退職金の使い込みに気づいたとき
離婚の話が出た前後に、相手が退職金を別口座に移した・親族名義に変えたといった動きが見られることがあります。この場合、通帳の履歴をさかのぼって出金の時期と金額を確かめておきましょう。
話し合いで開示されない場合には、家庭裁判所の手続きの中で調査を求める方法もあります。相手が任意に応じないからといって、請求をあきらめる必要はありません。
離婚に伴う退職金の扱いでお困りの際は、当事務所へのご相談もご検討ください。
【関連記事】退職金は財産分与の対象?離婚前に知っておくべき計算方法と注意点
年金分割で将来の受給額を確保する
年金分割は、婚姻期間中の厚生年金の記録を夫婦で分ける制度です。相手が受け取る年金額の半分をもらえる制度ではありません。この点を取り違えたまま手続きの期限を過ぎてしまう例があるため、対象と期限を先に押さえておきましょう。
分割されるのは婚姻期間中の厚生年金の記録
分割の対象になるのは、婚姻期間中の厚生年金(旧共済年金を含む)の記録です。国民年金の基礎年金部分は対象になりません。
相手が自営業者で国民年金だけに加入していた場合、分割できる記録がないため年金分割による増額は生じないことになります。会社員や公務員として働いていた期間があるかどうかで、分割の効果は大きく変わります。
合意分割と3号分割の違い
| 種類 | 対象となる離婚等 | 対象期間 | 相手の合意 |
|---|---|---|---|
| 合意分割 | 平成19年4月1日以後 | 婚姻期間中の厚生年金記録 | 必要(まとまらない場合は裁判所が定める) |
| 3号分割 | 平成20年5月1日以後 | 平成20年4月1日以後の第3号被保険者期間 | 不要(2分の1ずつ) |
日本年金機構によると、3号分割は国民年金の第3号被保険者であった方からの請求により、相手の厚生年金記録を2分の1ずつ分割するもので、当事者双方の合意は必要ありません。
ただし対象は平成20年4月1日以後の期間に限られます。それより前の婚姻期間については合意分割の手続きによることになるため、婚姻期間の長い定年離婚では、多くの場合に合意分割の話し合いが必要です。
按分割合の上限は50%
合意分割で定める按分割合の上限は50%です。ここで取り違えやすいのは、これが「相手の年金記録の半分をもらえる」という意味ではない点です。日本年金機構は按分割合を、「分割対象となる婚姻期間中における当事者双方の厚生年金記録(標準報酬月額・標準賞与額)合計額のうち、分割を受けることによって増額される側の、分割後の持ち分割合」と説明しています。
分母になるのは相手の記録だけではなく、夫婦二人の記録を合計したものです。上限の50%が認められた場合、婚姻期間中の二人の記録が半分ずつになります。もともと自分にも厚生年金の加入歴がある場合、分割によって増える額はその分小さくなります。
下限は分割を受ける側の分割前の持分割合であり、これは夫婦ごとに違います。具体的な数値は情報通知書に記載されています。
年金分割の請求期限も5年に変わった
年金分割の請求期限についても、2026年4月から2年が5年に変わりました。日本年金機構は離婚時の年金分割の請求期限が改正されましたで、令和7年年金制度改正法(令和7年法律第74号)に基づき2年から5年に変更されたと案内しています。
財産分与の5年とは、根拠となる法律が別です。財産分与は改正民法(令和6年法律第33号)、年金分割は年金制度改正法(令和7年法律第74号)によるもので、たまたま施行の時期が重なっています。
適用の範囲も財産分与と同様です。同機構は「変更後の請求期限は、令和8年4月1日以降に離婚等をした場合に適用され、令和8年4月1日前に離婚等をした場合については、従前のとおり離婚等をした時から2年以内に請求する必要があります」と説明しています。2026年3月31日以前に離婚した方は、これまでどおり2年以内の請求が必要です。
なお、期限内に審判や調停を申し立てて期限経過後に確定した場合など、例外が定められています。期限が迫っている場合は年金事務所に問い合わせましょう。
まず年金分割のための情報通知書を取り寄せる
分割の話し合いを始める前に、婚姻期間中の年金記録と按分割合の範囲を確かめておきましょう。そのために取り寄せるのが年金分割のための情報通知書です。
「年金分割のための情報提供請求書」(様式第650号)を、原則として請求者の住所地を管轄する年金事務所に提出します。当事者双方の身分関係を明らかにできる戸籍謄本などを添えます。日本年金機構の案内によれば、この請求は離婚の前でも後でも行えます。
離婚の条件を話し合う前に取り寄せておけば、分割によって受給額がどの程度動くのかを踏まえたうえで、財産分与や住まいの条件を決められます。
請求期限が迫っている方や、按分割合の話し合いが進まない方は、当事務所へのご相談もご検討ください。
【関連記事】離婚時に年金分割をしないとどうなる?請求期限・受給額シミュレーションを解説
定年離婚後の生活で先に確認しておくこと
財産分与と年金分割で受け取る額が決まっても、離婚後の毎月の収支が回るかどうかは別の話です。定年離婚では、住まい・社会保険・働き方の3つを離婚前に確かめておくことで、離婚後に慌てずにすみます。
年金収入だけでは月々の収支が不足しやすい
総務省統計局の家計調査報告(家計収支編)2025年平均によると、65歳以上の単身無職世帯の1か月の可処分所得は118,465円、消費支出は148,445円でした。可処分所得から消費支出を差し引くと、月に29,980円の不足という計算になります。
| 世帯 | 可処分所得 | 消費支出 | 差額 |
|---|---|---|---|
| 65歳以上の単身無職世帯 | 118,465円 | 148,445円 | −29,980円 |
| 65歳以上の夫婦のみの無職世帯 | 221,544円 | 263,979円 | −42,434円 |
これはあくまで平均値であり、住まいが持ち家か賃貸かによって支出は大きく違ってきます。単身世帯の数値は調査対象の数が少なく、年による振れも大きい点は踏まえておきましょう。年間で見ると36万円ほどの取り崩しになる計算です。財産分与で受け取る額がどれくらいの期間をまかなえるかを試算しておくと、条件を決めるときの材料になります。
持ち家に住み続けるか、売却するか
自宅をどうするかは、分与の金額と離婚後の住居費の両方に関わる問題です。選択肢は主に3つあります。
- 売却して代金を分ける
- 一方が住み続け、相手に評価額の半分相当を支払う
- ローンを完済するまで名義を変えずに住み続ける
住宅ローンが残っている場合は扱いが複雑です。売っても残債が消えないオーバーローンの状態では、その不動産に積極的な財産価値がないものとして扱われることがあります。ただし不動産と住宅ローンをどう評価するかは事案によって異なり、不動産と負債を別々に計上する方法もとられます。なお、名義人でない側が住み続ける取り決めをしても、ローンの契約上の債務者が変わるわけではないため、支払いが滞れば住み続けられなくなる可能性が残ります。
健康保険と国民年金の切り替えが必要になる場合
配偶者の扶養に入っていた方は、離婚によってその資格を失います。国民健康保険に加入するか、勤務先の健康保険に入るか、あるいは子どもの扶養に入るかを選ぶことになります。
医療保険については、従来の健康保険証が2024年12月2日以降は新たに発行されず、有効期限も2025年12月1日で終了しています(厚生労働省)。現在はマイナ保険証を基本とする仕組みで、マイナ保険証を持たない方には資格確認書が交付されます。離婚にともなって加入先が変わる場合は、受診時の資格確認に支障が出ないよう、切り替えの段取りを離婚届の提出前に確認しておきましょう。
60歳未満で国民年金の第3号被保険者だった方は、第1号被保険者への種別変更の届出も必要になります。手続きの窓口と期限は状況によって異なるため、お住まいの市区町村の窓口や年金事務所への確認が必要です。
元配偶者の遺族年金は受け取れない
遺族厚生年金は、日本年金機構の案内によれば、亡くなった方に生計を維持されていた配偶者や子などが受け取れるものです。離婚すると配偶者ではなくなるため、元配偶者が亡くなっても遺族年金を受け取ることはできません。
一方で年金分割によって分けた記録は、離婚後も自分自身の年金として受け取り続けられます。遺族年金をあてにした生活設計をしていた場合は、その前提が変わります。
働き方と収入の見通しを立てる
不足分を補う手立ての一つが就労です。月に数万円の収入でも、年間では大きな差になります。
離婚してから仕事を探し始めると、住まいの確保と重なって余裕がなくなりがちです。離婚の話し合いを進めている段階で、勤務先の候補や再雇用の可否を確かめておくと、条件交渉のときにも生活の見通しを持って判断できます。
【関連記事】60歳で離婚したらどうなる?デメリットと年金分割・生活費の現実
定年離婚の進め方と離婚前の準備
定年離婚は分ける財産の種類が多く、評価をめぐって話し合いが長引きやすくなります。相手に切り出す前に資料をそろえておくと、条件の交渉を進めやすくなります。逆に何も準備しないまま切り出すと、相手が財産を動かしたあとで開示を求めることになりかねません。
夫婦の財産を洗い出して資料をそろえる
まず把握しておきたいのは、夫婦の名義で存在する財産の全体像です。
| 種類 | そろえたい資料 |
|---|---|
| 預貯金 | 通帳・取引明細(別居時点の残高がわかるもの) |
| 不動産 | 登記事項証明書・固定資産税納税通知書・査定書 |
| 住宅ローン | 返済予定表・残高証明書 |
| 退職金 | 就業規則・退職金規程・見込み額の試算 |
| 生命保険 | 保険証券・解約返戻金の額がわかる書類 |
| 有価証券 | 取引残高報告書 |
| 年金 | 年金分割のための情報通知書 |
同居しているうちのほうが資料は集めやすくなります。別居後は相手の郵便物も見られなくなるため、写真に撮って控えておくだけでも後の話し合いで役立ちます。
相手が財産を明かさない場合
相手が通帳を見せない・退職金の額を答えないという場合でも、手立てがないわけではありません。家庭裁判所の調停や訴訟の中で、金融機関や勤務先に照会する手続きが用意されています。
金融機関名と支店名がわかっていれば調査を進めやすくなるため、把握している範囲だけでも書き出しておきましょう。相手の申告を鵜呑みにして合意してしまうと、あとから財産が判明しても、いったん成立した合意をやり直すのは容易ではありません。
話し合いがまとまったら書面にする
条件が決まったら、離婚協議書を作成します。財産分与の金額と支払方法・年金分割の按分割合・自宅の扱いを、あいまいさが残らない書き方で定めておきます。
分割払いにする場合や、住宅ローンの負担を取り決める場合は、公正証書にしておくことをおすすめします。強制執行認諾文言を付した公正証書があれば、支払いが滞ったときに裁判を経ずに差押えの手続きに進めます。
協議で決まらない場合の進め方
話し合いがまとまらないときは、家庭裁判所に離婚調停を申し立てます。調停は調停委員を介して進める話し合いの手続きで、相手と直接顔を合わせずに進められます。
調停でも合意に至らなければ、離婚訴訟を提起することになります。訴訟で離婚が認められるには法律上の離婚原因が必要なため、性格の不一致だけを理由にした請求は認められにくいのが実情です。長期間の別居が続いている場合は、婚姻関係が破綻していると判断されやすくなります。
当事務所の解決事例
相手が離婚を拒否した事案です。
58歳の男性(夫)からのご依頼で、20年間不和が生じている中、経営者である妻が財産をすべて管理しており、窮屈な生活を強いられていたことから離婚を希望して家を出たものの、妻が離婚を拒否していました。当事務所で離婚調停と婚姻費用の調停を申し立てましたが、1回目の調停で妻側が離婚を拒否し、調停は不成立となっています。その後に妻が翻意し、財産分与として3,000万円の支払いを受ける形で公正証書を作成し、離婚が成立しました。財産分与額について妻から当初1,600万円の提示がありましたが、資産状況から応じられないとして主張を維持した結果です。
事案の内容により結論は異なります。
定年離婚のご相談を検討されている方へ
当事務所は横浜市中区・関内で、設立以来、離婚の分野に注力してきました。年間400件以上の離婚相談をお受けしており、県内有数の相談・解決実績があります。
弁護士3名(代表弁護士 中間隼人・弁護士 角谷早紀・弁護士 石田千明)が在籍し、女性弁護士へのご依頼も可能です。ご依頼は弁護士1名と事務員1名の担当チーム制で対応しており、ご連絡いただいた際に状況が伝わっている体制をとっています。
相談室は完全個室です。関内駅から徒歩4分・日本大通り駅から徒歩6分の場所にあり、ご来所のほかZOOMでの相談・土日の相談・LINEでのやり取りにも対応しています。
初回相談は1万1000円(税込)です(2026年8月時点)。有料としている理由は私たちが初回相談料をいただいている理由についてでご説明しています。
退職金や年金分割の見通しは、資料がそろっていない段階でも、勤務先の制度や年金の加入歴から検討を始められます。離婚を切り出す前の段階でも、お問い合わせフォームまたはお電話(045-264-4527/平日10:00〜18:00)からご相談ください。
よくある質問
定年離婚される夫には、どのような特徴がありますか?
家事や家計を配偶者に任せきりにしてきた、会話や相談を避けてきた、退職後の予定を配偶者の都合を考えずに決める、といった点が挙げられます。定年をきっかけに在宅時間が増えることで、それまで表面化していなかった負担の偏りが目立つようになるためです。ただし個々の夫婦で事情は異なり、当てはまるからといって離婚に至るわけではありません。
定年前と定年後では、どちらで離婚したほうがよいですか?
一概には決められません。定年前は退職金が見込み額のままで交渉が難しくなる反面、相手に現役の収入があるため婚姻費用の水準は高くなります。定年後は退職金が確定して分与額を計算しやすくなりますが、世帯の収入は年金中心に変わります。勤務先の退職金制度・住宅ローンの残債・双方の年金加入歴によって結論が変わるため、資料をそろえたうえでご検討いただくとよいでしょう。
専業主婦だった場合でも、財産分与や年金分割はできますか?
できます。財産分与では、財産の取得・維持についての寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとされており(民法768条3項)、収入がなかったことを理由に取り分が減るという扱いはされません。年金分割についても、婚姻期間中に配偶者の扶養に入っていた期間があれば、その期間の厚生年金の記録が分割の対象になります。
離婚したあと、元配偶者の遺族年金は受け取れますか?
受け取れません。遺族厚生年金は、亡くなった方に生計を維持されていた配偶者や子などが対象となる年金で、離婚した元配偶者はこれにあたらないためです。一方、年金分割によって分けた厚生年金の記録は、離婚後もご自身の年金として受け取れます。遺族年金を前提に離婚後の生活を考えていた場合は、その点を含めた見直しが必要になります。
相手が話し合いに応じてくれないときは、どうすればよいですか?
家庭裁判所に離婚調停を申し立てる方法があります。調停は調停委員を介して進めるため、相手と直接やり取りせずに条件を詰められます。調停でも合意に至らない場合は離婚訴訟に進むことになりますが、その段階では法律上の離婚原因の有無が問われます。別居期間の長さや相手の言動の記録が判断の材料になるため、早い段階から資料を残しておきましょう。
定年離婚を決める前に押さえておきたい点
定年離婚で判断を分けるのは、気持ちの固まり具合よりも、お金の見通しがどこまで具体的になっているかです。退職金がいくら分与の対象になるのか、年金分割で受給額がどう動くのか、離婚後の月々の収支がどうなるのかを数字で押さえておけば、相手の提示額に流されずに条件を決められます。
いま手をつけられることは3つあります。夫婦の財産を洗い出して資料を控えておくこと、年金分割のための情報通知書を年金事務所に請求すること、そして請求期限を確認しておくことです。2026年4月1日以降に成立した離婚であれば財産分与も年金分割も5年ですが、それ以前に離婚した方は2年のままです。すでに離婚している場合は、残りの期間を早めに確かめておきましょう。

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